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今月の一冊⑩『そうだ、星を売ろう』

2か月ぶりのコラム執筆になります、マーケターの宮﨑です。4月から、ありがたいことに専門学校の講師として授業をすることになり、絶賛授業資料の作成に追われる日々です。マーケティングに触れたことが無い生徒さん達にも理解できるようにはもちろん、楽しく学んでもらえるように工夫しないとな、と試行錯誤しています。そんな中、自分がマーケティング初学者だった大学生時代を振り返って、「わからなかった頃の自分」に伝えるように資料を作っています。今回紹介する本はそのマーケティング初学者の時に出会った本です。大学図書館の本棚を眺めながらうろうろしていると『そうだ、星を売ろう』というタイトルが目に飛び込んできました。「そうだ、京都行こう。」というJR東海のキャンペーンみたいなタイトルに加え、きれいな装丁の本で気になって手に取りました。このタイトル最初は「星はなんかの比喩かな?」とか「月の土地を売る的なヤツかな」と思っていましたが、読んでみるとそうではなく、星空を地域の「強み」にあたる資源として活用した地域活性の内容で、しかもほぼ実話を基にした本とのこと。物語調の文章でマーケティングの勉強ができるので、これからマーケティングを学びたいという方にはおススメの本です。今回は、読み返していく中で考えたことを本書の内容と絡めていくつか紹介していきます。

 

『そうだ、星を売ろう』の概要

長野県阿智村にある昼神温泉という実在する温泉地が舞台となっており、地域活性という視点はもちろん中小企業のマーケティングという視点でも学びが多い内容となっていると思います。”諸星”という温泉旅館で働く主人公の視点で物語が進んでいき、その中で起きた昼神温泉の変化や、生み出されたプロダクト、プロジェクトに関わる人々の行動についてマーケティングや、マネジメントの観点から解説が入っていくという流れになっています。なので、専門用語を提示してその説明が入るという構成ではなく、ストーリーの解説として用語や概念が挿入されてくるため読みやすい構成になっています。

 

本書の舞台”昼神温泉”の状況

昼神温泉は、1973年に国鉄中津川線のトンネル工事のボーリング調査中に偶然掘り当てられた温泉です。1975年に昼神温泉初の温泉旅館が開業、その後急速に温泉街が発達したため温泉地としては比較的新しい場所となっています。周りを山々に囲まれた温泉地ですが、交通の便は良く、トヨタをはじめとする中京地方の企業が団体客として多く利用していたため賑わった温泉地でした。1990年代までは賑わいを見せた温泉地も2005年頃から徐々に客足が減り、旅館同士の値引き競争が拍車を掛け、昼神温泉は顧客数と顧客単価の減少が同時に起り、廃業する旅館も出るなど危機的な状況に陥っていました。本書ではそうした状況に対し、観光コンサルタントを呼んで地域活性に向けた取り組みが動きだした状況となっています。

 

マーケティングマイオピア ~温泉地の「強み」はどこにある?~

昼神温泉復活の取り組みとして、マーケティングで言う内部環境分析にあたることから、スタートしていきます。観光コンサルタントを中心に地元温泉旅館の人たちが昼神温泉の魅力を発見していくワークショップが開催されました。ここで出された強みは、「温泉の質の良さ」「歴史あるお寺」「自然」「信州そば」というものでした。それらをまとめて「昼神体験」としてパッケージングし、大都市に向けたプロモーションを行うというのがコンサルタントの意見です。昼神には強みがたくさんあるからそれらをきれいにまとめて、大都市にアピールするキャンペーンを打てば、必ず客は来るという考えからでした。これに対して「よくある温泉のパンフレットみたい」と主人公が発言する印象的な場面です。

ここを取り上げたのは、こうした「強み」の発見については実際の企業活動でも取り違えをするケースがあるからです。マーケティングの世界で使われる言葉で「マーケティングマイオピア」というものがあります。日本語にすると「近視眼マーケティング」などと呼ばれる言葉です。目の前で起きる事象ばかりに囚われ、自社が本来取り組まなくてはいけないマーケティング活動や、自社が提供している価値を狭く理解してしまうことを意味しています。昼神温泉の場合、「強み」は温泉自体や温泉街自体あるいはその周辺にあるだろうという視点で「強み」を捉えてしまっていた部分がそうです。温泉地の強みは、温泉の水質や温泉旅館が提供しているサービスであると最初から限定して内部環境を分析してしまうことで、どこでも言えるようなことしか「強み」として挙がってきませんでした。企業がマーケティングマイオピアに陥ると顧客の変化に対応できなかったり、競合を狭く捉えてしまい顧客を奪われてしまったりなど様々な問題が発生してしまいます。

 

強みを活かす 〜「天空の楽園ナイトツアー」〜

そんなこんなで、どこでも言えることを「強み」としてキャンペーンを設計してしまった昼神温泉ですが、キャンペーンは上手くいかずイマイチといった結果でした。そこで主人公は「ディズニーを超えたい」という思いの下、昼神温泉「ならではの強み」を探すことにしました。なぜ「ディズニーを超えたい」と思っているのかは本書を読んでみてください(笑)。主人公は、同窓会で昔の友達がスキー場で働いていることを知ります。そこでスキー場のゴンドラから見る星空が絶景であるということや、阿智村の星空は環境省から日本一と認定されていることを耳にします。その後実際に見に行った結果、星空を「強み」として捉えてサービスを設計しようと奮闘が始まります。そして地元旅館や様々な人々と関わりながら「天空の楽園ナイトツアー」という、日本一の星空を感動体験として提供するツアーサービスが生み出されました。実際に提供されているサービスは以下。

さて、ここまで何度か登場した「強み」についてですが、「自社の強み」を聞かれたとき皆さんならなんと答えますでしょうか?なぜそれを「強み」として捉えているのでしょうか?本書でも少し触れられますが、この「日本一の星空」がなぜ強みと言えるのかという説明をしていきます。本書における「強み」はジェイB・バーニーというユタ大学の教授が提唱した、「VRIOフレームワーク」によって定義されています。これは、企業の持つ資源において、「強み」というのは4つの問いかけを使うことによって、それが本当に「強み」となりうるのかチェックすることができるというものです。具体的な問いかけは以下の通りです。

真に競争上の優位性をもたらす「強み」とは、それがあることで企業に「経済的な価値(Value)」をもたらすものであり、「稀少(Rarity)」であり、他社にとって「模倣困難(Inimitability)」で、活用するための「組織が整っている(Organization)」ものである、というのが基本的な考え方となっています。このVRIOフレームワークは図で言うと上から順番に、問いに当てはめていくものですが、特に重要なのは「模倣困難(Inimitability)」だとされています。たとえ価値があり、希少でも競合がすぐに模倣できてしまっては一時的な競争優位性を生むことしかできないからです。そういった意味では、「日本一の星空」というのは模倣が困難であるため昼神温泉にとって「強み」として成立し得るわけです。

 

戦略策定 ~「強み」に目を向ける~

阿智村の強みを活かして生み出された「天空の楽園ナイトツアー」ですが、開発の考え方の中で取り上げたい部分があります。それは、戦略策定について語られている部分です。その文章を要約すると「商品・サービスの戦略を練る際、多くの場合は最初に顧客に目を向けがちだが、正しくは自分たちの強みを見極め、その強みが活かせる顧客をターゲットに設定し、顧客が買いたくなるように商品・サービスを設計する」というものです。これは中小企業にも通じる部分だと感じ取り上げました。熊本マーケティング研究所では、過去のセミナーはじめコラムでも「中小企業の戦略策定は自社に目を向けることから始めましょう」というメッセージを出してきました。中小企業の場合、外部環境に目を向けようとしても大規模な消費者に対する調査は困難です。また、「強み」についても、ちょうど4月20日のSWOT分析の勉強会で触れました。「弱み」に目を向けて克服しようとしても、良くて普通、「強み」になることは稀です。中小企業の場合は、自社の「強み」に目を向けて、積極的に機会を取りに行くことからスタートするべきということです。

【関連コラム】
>>>中小企業における「3C分析」とは?目的や分析方法をわかりやすく解説

 

「弱み」すら「強み」に ~阿智村のその後~

本書はほぼ実話を基にしているということで、実際に存在している昼神温泉はじめ阿智村はその後も「強み」を顧客目線で捉えたイベントの開催を行っています。その中で面白いなと思ったのが過去に開催されていた”夜神奇譚 「呪いの廃旅館」”です。今回『そうだ、星を売ろう』の中で紹介したのは「強み」と思っていなかったものを「強み」として発見したというお話でしたが、このイベントは「弱み」を「強み」として再定義したイベントと言えます。廃旅館というのは景観に悪影響を与えるだけでなく、人の手が入らないため老朽化が進みガラスの落下や倒壊などのリスクがあります。加えて取り壊しに数千万~数億円を要し所有者が不明な場合も多く全国各地の温泉地で問題視されているケースは少なくありません。そんな廃旅館をこのイベントは「強み」と捉えて顧客体験として売り出しています。廃旅館を舞台にしたウォークスルー型お化け屋敷で、実際の旅館を使用しリアルな恐怖体験を演出しているというものです。 いやぁ、昼神温泉や阿智村の取り組みには脱帽です。

謎解きホラーアトラクション『夜神奇譚 呪いの廃旅館』再開 | 南信州 昼神温泉公式観光サイト

 

さいごに

今回『そうだ、星を売ろう』を取り上げました。マーケターになって改めて読み返してみると、「強み」の捉え方や戦略策定の考え方など中小企業にも当てはめることが出来る内容だったと感じました。特に何を「強み」とするのかという、自社の内部環境分析についてです。この部分は何を「強み」とするのかは主観による部分がどうしても出てしまいます。「強み」の捉え方を間違うと戦略自体が大きく的外れになってしまうため、注意が必要です。こうした分析の精度を高めていくには外部の人の声を入れることも大切です。熊本マーケティング研究所ではマーケターが伴走しながら、中小企業のマーケティングをサポートするサービス「Labout」を提供しておりますので、ぜひ戦略策定含めてマーケティングに手詰まり感がある方はお問い合わせください!

【マーケティングサポート】
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